幸せになるためには

幸せになるためには何が必要でしょうか?

 

お金?健康?スキル?彼?彼女?

 

自分が幸せでないと感じている人は、ぜひ以下の逸話を読んでみてください。

青年の幸せ

 

神が人々を幸せにするために、天界から降りてきました。

 

失明した人は神に「私は、愛する家族の顔も綺麗な夕日も見たことがありません」と訴えました。

 

神が彼に視力を与えると、彼は幸せになりました。

 

 

 

「私は凍土の上でも炎天下でも労働を厭いませんが、働くための土地は洪水に流されました」と訴えた農民には神は農地を与えました。

 

農民は幸せになりました。

 

 

 

貧乏な青年がやって来て言いました。「神様、私にはお金がなく家族も持てません」と。

 

神は彼にお金と美しい妻、可愛い子供を与えましたが、青年は暗い顔で「神様、私には才能もありません」とさらに訴えました。

 

すると神は彼に才能も与えました。

 

 

 

数日後、青年はまたやってきてとうとう言いました。「神様、私には幸せがありません。ください」と。

 

神は少々躊躇された後、「(幸せを)与えよう」と言って、これまでに与えたすべてのものを取り消しました。

 

その結果、青年は一人ぼっちのホームレスになり、飢餓と悲しみと孤独に暮れる日々を送ることになりました。

 

 

 

2年後、神は青年に家族だけを返しました。

 

すると青年は「私は幸せだ!」と号泣しながら妻と子供を抱きしめました。

 

 

幸せとは?

以上の逸話から何か感じましたでしょうか?

 

パン1つで幸せになれる人には、パンを与えることで幸せを与えることになります。

 

冒頭の青年に家族も才能も金銭も与えても幸せになれない理由は彼には幸せになる心がないからです。

 

神が彼にその心を持たせるために、彼に失う経験を与えたのです。

 

「幸せを与える」という表現がありますが、その言葉の本来の意味は、幸せを感じる力のある人に対して、その条件を与えるという意味です。

 

幸せ自体は本人の心で感じ取り、そして解釈するものです。

 

以上は、宋さんのブログに紹介されている有名な文章です。参考にされてください。
失うことの重要性

 

 

失って気づくもの、失わなければきづかないもの、そんなあいまいな主観こそ幸せを左右する要素なのです。

 

では、どうやったら私は幸せになれるか?

 

わかりますよね。